むかしむかし、あるところに

おじいさんとおばあさんが住んでいました。

2人は一緒に住んでいましたが、ほんとうの夫婦ではありませんでした。世間の目を欺くための仮面夫婦でした。2人が住んでいたのは、姉歯一級建築士が設計したマンションで、シンドラー社のエレベータが設置されており、台所にはパロマのガス湯沸器が付いていました。

おじいさんは山に芝刈りに行くフリをして、パチンコ屋に行きました。そして、ホールレディをいやらしい目でチラ見しながら、話題の新機種、CR中森明菜・歌姫伝説を打ちました。しかし、待てど暮らせど確変は来ませんでした。財布から5万円が消えたところで、おじいさんは夢から覚めたように我に返り、台を蹴って店を出ました。外の空気は灼熱でした。ふと見上げた青空には、放り出されたような入道雲が浮かんでいるだけでした。それを目にしたとき、おじいさんは理由のわからない恐怖を感じました。でも、どうすることもできませんでした。


そのころ、おばあさんは川に洗濯に、行きませんでした。自宅には全自動洗濯機があったからです。その代わり、おばあさんは泉町のキャバクラに出勤していました。なにも不満はありませんでした。最近買ったM・A・Cのアイシャドウの粒子が荒かったということと、店長の話し方がムカつくということが、不満といえば不満でした。しかし、それらのことは、おばあさんにとって正直どうでもいいことでした。

「どうして、このお仕事をしようと思ったの?」
客のオヤジから、聞き飽きた質問をぶつけられ、おばあさんはもう、うんざりの極致に至っていました。
「人と話すのが好きだから。」
自分の思っていることと正反対の答えを返し、おばあさんは微笑みながらジントニックを客のために作っていました。こんなクズみたいな男の相手をしている自分もまたクズなのだという確信が自分の胸の中を浸食していくのを、おばあさんは押さえることができませんでした。

なぜ自分は悲しくないのだろう、なぜ悲しくもないのに涙が出るのだろう、とおばあさんは思いました。

"Life is dirty. Death is clean..."

おばあさんは目に少し涙を浮かべながら、そっとつぶやいたのでした。

"But I life."