速やかに地球に降り立つための方法


 地球上へ降り立つのを失敗した。



 まただ。



 今回でもう7度目の失敗である。もううんざりである。あと何回こんなことを繰り返すのだろうか。誰かが俺に烙印を押す前に、自らの手で一生消えない烙印をこれでもかと押してやりたい気分だ。

 STSのバルブを全開にする瞬間が掴めないのが原因なのは自分自身でよく解っているのだが、しかし、制御系バルブは全部フライ・バイ・ワイヤだからタイミングを合わせることは超至難の業なのだ。けれども、ほんとうの問題はそういうことではない。

 失敗の原因は別のところにある。
 他ならぬ俺と俺の精神と俺の身体は、そのことを知りすぎるほど知っている。



 怖い。

 そうだ、怖いのだ。


 「今度こそ上手くやってくれよ」という地上とStationのスタッフたちの無言の声が頭の中に谺して、いつの間にやら気分は酷く混乱し、気を確かに、そう気を確かに持って口蓋をしっかり閉ざしていないと心臓が胸郭から気道を通してまろび出る。目の前に飛び出たそれは突然に晒された外気に驚愕してなお一層に収縮し、その弾みで張り裂けよとばかり一気に膨張する。吐き出された血液は一瞬真っ赤な輝きを見せつつすぐに光を失い、掬う間もなくどこか見えないところへと消えて行ってしまう。そして全身が強張り目の前の風景がどこか遠くのそれであるかのようにどこまでも遠ざかり、手足は糸の切れた操り人形を真似てガクガクと震える。それはもう俺であって俺ですらない。


 そして聞こえる。ひそひそ聞こえる。どこからともなく俺を急かす声が聞こえる。「お前はもう用済みだ」「お前の代わりはどこにでもいる」。たしかに、確かに、俺の代わりはどこにでもいる。私は常に誰かと交換可能な存在なのだから。そうでなくてはならないのだから。



 怖い。


 これは途轍もなく怖い。


 もうどうでもいいじゃないか、こんなこと。
 いっそのこと、気圏に入った瞬間に突入角度を見当違いに誤って、木っ端微塵に砕け散ったなら楽になれるのに、それなのに俺の中の何かがそれを許さない。



 もし仮に俺が、誰よりも速やかに地上に降り立つことができたなら、俺は他の誰でもない俺たり得るのかも知れない。誰かにとって交換不可能な俺になれるのかも知れない。



 いま俺の居る限りのない天空から限りのあるあの地球上へ、速やかに降り立つための、たったひとつの方法。How to それを知るために、ただ生きている。


 ただひたすらに。