サルナスの少年


この世界の涯、サルナスの夜明け。

それは、漆黒の丘の縁からゆっくりと忍び寄り、不思議な影を形作る木々の幹をとおして朧気に姿を現し、目覚めはじめた谷間の小屋から立ち上る煙の高い柱の頂上に触れ、そうして、あまりにも広大すぎる草原を一気に黄金に染めると、そこから忍び足で静まり返った都会の路地裏の陰鬱な壁までやってきて、部屋の窓から恥ずかしげにそっと入ってくる。

やがて微風が吹きはじめ、絶え間なく彼の顔を打つヒースの小枝によって、少年は深い眠りから起こされた。

彼がさっきまで見ていた夢は、今まさに消えようとしていた。

あの夢はいったい何だったのだろうか。起き上がった彼は、まだ頭がぼんやりしているうちに、さっきの不思議な夢を復元しようと試みた。明るくなる前に、そして、まだ明けやらぬこの世界に次第に意識が馴染んでしまう前に、さっきまで見ていた夢の残滓を、まるで水底に光る貴重な宝石でも取り扱うごとく、そっとすくい取ろうと。

いま消えつつある夢の舞台は、たぶん、遥か遠く千年の昔、サルナスがまだ王都だった時代らしかった。

少年は、ゆっくりと、しかし確実に思い出していった。あの少女のことを、そして少女の周りを光り輝きながら飛び回っていた、奇妙で小さな飛翔体のことを。たしか、彼女は何と呼んでいたのだったか。

U.T。たしかそう呼んでいた。僕らは夢の中で、光りながら彼女の周りを飛び回るそれを、U.Tと呼んでいたのだった。

なぜU.Tは、あの少女と僕にだけ見えていたのか。なぜ、僕らが親しくなる前に、僕らの前から姿を消してしまったのか。そしてなぜ、僕はあの夢からすぐに覚めてしまったのか。少年は、自分の見た夢の記憶を辿りつつ、腑に落ちない謎に思いを巡らせた。しかし、考えれば考えるほど、夢の謎は不可思議な迷路として彼の眼前に屹立したまま動かなかった。

夢を見ることについて、かつて、ある老人は少年にこう言っていた。
よいか、少年よ。人が夢を見るのは、記憶するためではない。忘却するために見るのである。その証拠に、眠りから覚めた間際には鮮明に覚えている夢でも、しばらくすると不思議なことにどうしても思い出せなくなっていることはないか。すなわち夢というのはその人にとって、忘れるべき記憶の最後の映像なのである。だから、けっして夢の記憶を心に留めようなどと思ってはならぬ。夢には夢の世界があり、その世界は私たちのいる世界の外にあるからである。

しかし、少年は老人の言葉をいま思い返してなお、いやむしろ思い返したからこそ、あの夢の追憶を手放したくないと思った。世界の外であの少女と会った追憶を。



今日もまた、一日が回り始る。

やがて、ここサルナスの市街も陽を浴びて溶けはじめ、かつての殷賑を取り戻したかのように、埃っぽい喧噪とともに人々が行き交いはじめるだろう。

遥か、遥か遠い昔から聴こえてくる、喧噪の気配。
あの少女もまた、そのなかにいるのかもしれない。
少年はぼんやりとした頭でそう考えた。


すでに夜明けから遠く離れたその片隅で、彼は待っていた。
今まさに陽光に消えつつある夢の追憶が再び甦るのを、長いことずっと待っていた。


もうずっと、千年前のあのときから、少年はずっと待っているのだった。