妄想

夜われ床にありて我心の愛する者をたづねしが尋ねたれども得ず。

余は彼の人を生前より見知れるが如き心持を覚へり。此は予てよりの我が習癖なれども、想う人に懐旧の情に似たる情感を持つ事屡々に及ぶ。或は彼の人の姿形とは余の原形質深くに記憶されたる塵芥が断片の一々に刻まれたりし物なるか。遠きAttikiの街に彼の人…

私は海を抱きしめていたい。

日曜日に発作的に海へ行きたくなり、片道2時間強、車を走らせた。 海辺に着くと、もう季節はずれにもかかわらず、休日の午後を海で過ごそうとする人々で賑やかだった。しかし、さすがに泳ごうとする人は見あたらなかった。 海を眺めていると、容赦なく潮風…

ある心の風景

ここ数日、なんだか感情が抜け落ちて呆けたようになっていたので、これではいけないと、楽しいこととか苦しいこととか、いろいろと思い浮かべてはみたのだけれど、まったくの無駄だった。全てのことに意識的であらなければならないと思うのだが、そのことに…

あなたは今、どこにいますか。

嘗て希望の肯定されし時代がありしかど、既にその時代は去れり。故に汝希望することなかれ。 今夜も地下鉄銀座線は、定刻どおりに浅草駅を発った。そして街の灯が人の顔を瞬時に均等に照らしていった。乗客は、一様に列車の挙動に合わせて体を揺らしていた。…

折れるシャーペン

I氏と会うのは20年振りだった。 当時の面影は朧気ながら残っているが、この人がそうだと言われても、そうなのか…としか思えなかった。なにしろ小学校低学年の頃の記憶しかないのだから。今ではすっかり初老となったI氏であった。 当時、I氏の在籍するつ…

青炎抄

夢の切れ目には、いつも大粒の雨がざあざあと音を立てていた。 不意に玄関の戸が開いた音が聴こえたような気がしたので、席を立って出てみると、玄関先に女性が立っていた。私の顔を見ると「久しぶりですね」と言った。「ああ、どうも」つい思わず挨拶をした…

自傷他害の虞あり。

最近「自決」という言葉の意味を噛み締めている。苦しみで人は死ぬのか。悲しみで人は死ぬのか。絶望で人は死ぬのか。愛によって死ぬか。そうかも知れない。しかし、それらの死についてさらに言えば「自決」の理由というものは、いかがわしく、嘘くさい。む…

悲しみも苦しみ憎しみも、ぜんぶ、粘土細工のように

てのひらに乗せて、慈しむ朝。

サルナスの少年

この世界の涯、サルナスの夜明け。それは、漆黒の丘の縁からゆっくりと忍び寄り、不思議な影を形作る木々の幹をとおして朧気に姿を現し、目覚めはじめた谷間の小屋から立ち上る煙の高い柱の頂上に触れ、そうして、あまりにも広大すぎる草原を一気に黄金に染…

外に降る1月の雨

昼間から降り続いている雨が、夜になって少し強くなってきた。 あまつさえ風も強くなっていて、辺りに叩き付けられる風雨の音が、波状になってここまで聞こえてきている。 いままで長い間、雨の音をじっと聴いていた。 ひたすら聴いていた。 単調に降り続く…

U.T

U.Tがあたしのそばにいるようになったのは、いつの頃からだったろう。今となってはもう分からないけれど、少なくともあたしが物心ついた頃には、U.Tはすでにあたしのそばにいた。 U.Tとあたしは、ずっと一緒にいた。儚い夏も、厳しい冬も、苦しい朝…

日曜日の朝には復讐を。

私は世界に復讐をする。私という意識と私という身体を宿らせたこの世界に。私はそういう世界をどうしても許すことができない。これまで世界と和解することを何度も試みてきたがそれは徒労だった。まったくの徒労だった。世界を切り裂き破壊し業火に焼き尽く…